くらむ本

常にネタ切れ。たまに書く。

【趣味/映画】火花見た感想とか


映画「火花」見てきました。原作の小説は2年くらい前に読みました。
「話題になったから映画作ったんだろうなぁ」とか偏見を持っていて、あんまり期待していなかったんですけれど、面白かったなぁと思える一作でした。
※私はドラマ版は見てません。

お笑いコンビ「ピース」の又吉直樹による第153回芥川賞受賞作で、ドラマ化もされた同名小説を、板尾創路のメガホン、菅田将暉桐谷健太の主演により映画化。まったく芽が出ない芸人・徳永は営業先の熱海の花火大会で先輩芸人・神谷と出会う。「あほんだら」というコンビで常識のワクからはみ出た漫才を披露した神谷の姿に魅了された徳永は、神谷に弟子入りを志願。「俺の伝記を作ってほしい」という条件で神谷はそれを受け入れる。人間味にあふれ、天才的な奇想の持ち主でもある神谷に惹かれる徳永。神谷もそんな徳永に心を開き、2人は毎日のように飲みに出かけては芸の議論を交わし、仕事はほぼないものの充実した日々を送るようになる。しかし、そんな2人の間にいつからかわずかな意識の違いが生まれるようになり……。徳永役を菅田、神谷役を桐谷がそれぞれ演じるほか、2人を見守る神谷の同棲相手・真樹役を木村文乃が演じる。
―― "映画.com" より引用



◆板尾監督でなければ、描けなかった物語
映画をみて思ったのは、なによりもこの一言に尽きました。
特に原作の小説では”神谷”と言うキャラクターに焦点を当てていた物語だと感じていたのですが、この映画は、”神谷”ではなく、”徳永”とコンビを組んでいる”山下”の二人、”スパークス”に焦点が当たっていたように感じました。

これは、板尾監督が芸歴を重ねたことにより、売れない芸人や引退を決意した芸人、そしてその背景にどういった出来事があったのか?と言うのを芸人の業界にいたからこそ、その目で数多く見てきており、そのどうしょうもないやるせなさをこの”火花”と言う作品に、独自の解釈を加えて、ぶつけたんじゃないかと感じました。

作中に出てくる数多くの芸人たちが積み上げた10年間を走馬灯のように駆け抜けた、あっという間の2時間。素晴らしい映像作品だったんじゃないかなぁと感じています。


◆圧巻の演出
この作品はラストの漫才シーンへの説得力をブーストさせるために描かれていたんじゃないかと、そう思うくらいにラストの漫才のシーンは、圧巻でした。
これは、脚本と演出、そして"スパークス"を演じた二人の役者それぞれが、噛み合わないとできない圧巻の迫力だったのではないかと感じています。

そして、その流れと言うのは、実に芸人らしくないだからこそ、最後に”おっ●い”と言うオチを持ってきたのも、芸人さんとしての粋を感じました。
そして、ただの”おっ●い”と言うオチではなく、最近話題になった「保毛●保毛男」問題と一緒で一つの問いを視聴者に投げかける、非常に重みのある色付けでした。

また、この登場人物たちの10年をわずか2時間と言う尺で描くため、どうしても描けない部分が出てきたりする。そうなるとどうしても物語がぶつ切りになってしまって、その10年経ったと言う説得力がどうしても弱くなってしまうんですよね。
そこでその説得力をどうやって持たせたらいいのか?と言うところで「物語の冒頭に出てきた妊婦さんだった人を最後に再び登場させて、その妊婦さんの子供を登場させたことにより、二人の時を流れを自然と視聴者に実感させる」と言う手法には、思わず膝を叩きました。


◆"夢を追いかける人たち"に捧ぐ"賛歌"であり"鎮魂歌"
この物語を一言で表すなら、この言葉にまとめられるのかなと感じています。
たとえ、その夢が破れても、全力にがむしゃらに夢に向かって駆け抜けた。
そこに意味はあったと、その人の掛けた想いを、全て肯定してくれる。
そんな物語ではないでしょうか。


◆そのほか思ったこととか
ドラマ版もいいぞ!と言う話を聞きますし、そのうち見たいですね。原作である小説もかなり前に読んだこともあって、すごいうろ覚えです。
原作の小説と、映画と全く焦点が違うので、それぞれ読み込んでいくとより一層楽しめるスルメみたいな作品だと思います。もう一度小説読むかー!

この作品を通して思い出したのが、松本人志さんがやっているドキュメンタルでした。
前々から、あまりTVを見ない私が何気なくつけた番組で、松本さんが「笑いって何なんだろう?」とか「今の若い世代の芸人さんにもっと出てきてほしい」「今のTVに限界を感じる」と言うような事を訴えているのをよく目にしていて、そうとうその想いが強かったんだと思っています。だからこそ、「ドキュメンタル」のような作品が生まれたし、この映画、”火花”も産み落とされたんじゃないかと、そんな気がしています。





そんなかんじで。
おしまい。