くらむ本

常にネタ切れ。たまに書く。

【雑記】「オタク」の定義、在り方を考える




アニメ、ゲーム、鉄道、アイドル、野球、サッカー、オーディオ機器、パソコン、軍隊、
等など、様々なジャンルにおいて、その事柄において凄く夢中になっている人、そういった人達を一括りできる言葉が「オタク」です。
様々な議論がされているかと思いますが、今一度「オタク」の定義を私なりに考えてみます。

一昔前で言えば、オタクと言うのは、「物知り」の延長線上にあったのではないかなと思います。ですがインターネットが発達し、Google先生で検索をしたら多少の事は自力で解決ができると言う時代になった今、そう言った「物知り」や「知識を蓄えておく」と言うことに重きを置く必要性が無くなったんですよね。そう言った時期から非常に「オタク」と呼ばれる人達の定義があやふやになってきたなーと思いました。

私の実体験で言いますと、私は新規クールがくる度に必ず1話は全部のアニメを視聴するくらい、アニメが好きで「アニメが好き!オタクだよ!」と言う人に嬉々として「◯◯ってアニメの監督が△△って哲学者が好きで、その思想の影響が◯◯の✕✕話のBパートで表現されてると思うんだけど、どういう見解を持っている?」とか言うと、大体軽く引かれます。
勿論、アニメオタクの中にも、単純にアニメが好きで毎週30タイトル見てる人や、数タイトルだけアニメを見て深く考えるタイプなど様々な形がありますので、そう言ったところからも、「オタク」と一括りにしてしまうのは非常に難しいものだなと感じました。
そんな風に、「あ、コイツめんどくさいやつだ」って思った時は「にゃんぱすー」とか言っとけばいいのです。大体和みます。

つまり何が言いたいかと言うと「オタク」と言うのは、一つの文化であり言葉であると言うことです。それは時代と共に定義が変わっていくもので、厳密に言ってしまえば「オタク」の線引きなど何処にもなくて、本人が「オタク」だと思えば、それは「オタク」でいいんじゃないでしょうか。

人によっては、「アイツは◯◯を知らないからオタクじゃない!」とか怒りながら言う人もいますが、そう言った事じゃなくて「オタク」と言う定義、言葉自体がひとり歩きして、非常に幅がきく便利な言葉になっただけなんじゃないかなと。

また「オタク」と呼ばれる人達は、「俺凄いんだぜ!お前こんなことも知らないとか下等!」みたいな他人を罵る事で自分の立場を守ろうとしている人が多いような気がします。
上手く伝えられないんですけど、「私はオタクだよ!」と自分で言える人なら、同じ仲間として仲良くやればいいじゃーんって思うんですよね。

勿論「オタク」と呼ばれるからには、そのコミュニティが排他的な雰囲気だったり、一般世間からは後ろめたい雰囲気って言うのはあるし、だからと言って、慣れ合いで人を巻き込んでコミュニティを築き上げていくのは、「大学生のサークルかな?」みたいなところはあると思うんですけど、狭い所に閉じこもって、相手を排除していく行為って基本的に発言した人の自尊心が得られるだけで、その他は何も生み出さないと思うんですよね。
相手を許して、認め合うことって言うのが凄く大切で、そうして行かないと、インターネットが普及し、娯楽コンテンツにありふれた今、そう言った排他的なコンテンツに対しては、立ち去っていく者ばかりで、次第にコミュニティが成り立たなくなっていく。

「これだから鉄ヲタは!」とか「アイドルヲタはこれだから困る」とか「アニメオタクとか理解できないわwww」とか皆、言うけれど、何らかに夢中になれる「オタク」なら同じ志を持っている同士、仲間であることには変わりないはないと私は思います。
だから、何らかの騒ぎやニュースになって取り上げられた時、ぎゃーぎゃーと相手のオタクを批判するんじゃなくて、お互いがお互いを見つめ合って、「これはいけないことだから、そこから私達は学ぼう」とか、考え合うことができるのが一番いいんじゃないかなーと思います。



まとめると、
「オタク」だと思ったらそれはもう「オタク」でいいんじゃないかなって思います。
だから私はオタクだ!!!!!!!!!!オタクだあああああああああ!!!!!!
二次元の女の子が大好きでええええええすううううううう!!!!!!!!ギエピーwww

オタクな皆さん!!!!!!!!!!!!!!!!それ以外の人も!!!!!!
私と!!!!!!友達になってください!!!!!!!!!

そんな感じで。
おしまい。