くらむ本

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【雑記】ぼくのふるさと

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僕は、琵琶湖のほとりに生まれ中学生の頃に東京に来たのだけれど、”ふるさと”と呼べるような場所は、どこにも無くなってしまったように思えて、その気持ちをここに書き綴っておこうと思う。

 

◆土地という”ふるさと”

僕の年齢から考えると、幼い頃に自転車で、足で駆け回った田んぼ道より、舗装されたコンクリートの道、雑然と立ち並ぶビルの街中を歩いた期間の方が圧倒手に長く、もはや僕にとっての”ふるさと”と言うのは、この街のことを言うのかもしれないと思うのですが、それはどこか心の中で違和感があって、納得がいかないのです。

有名なジャネーの法則に従うと、0歳から20歳までの主観時間は、20歳から80歳までの主観時間と同じと言う話があって、恐らく、それが僕の違和感の根幹にもあるのかなぁなどとも感じています。

 

ですが、それ以上に僕の周りの親族とゴタゴタがあって、ほぼ絶縁状態なんですよね。

それがやっぱり大きいと思っていて、幼い頃に過ごした土地に足を踏み入れることは出来たとしても、あの場所に帰ることは絶対に出来ないんだと言う喪失感が、僕には付き纏っているのでしょう。

 

コンクリートで覆われたこの街には、どうしても愛着が湧かない。

どうも24h365dで常に価値を示せと評価されているような気がしていて、その圧力が、この街にいることが僕にとっては、どうしようもないくらいに息苦しいんでしょうね。 

 

●【雑記】僕たちが「死にたい」と呟く理由https://kuramu1015.hatenablog.com/entry/ar1929300

 

 

◆友達という”ふるさと”

中学生に、コンクリートジャングルに足を踏み入れることになった僕は、小学生の頃に仲が良かった友達と、連絡を取り合うことがありました。

電話はやっぱり長電話となると料金が高いので、その当時テクノロジーの発展のおかげもあって、メールや当時流行っていたMSNメッセンジャーで連絡を取り合うことを覚えました。

ローマ字入力だなんて全く出来なくて、でも言葉の訛りや大富豪のローカルルールも違う文化圏に行くことになった僕にとっては、疎外感が拭えなくて、小学校時代に仲が良かった友達と連絡が取りたかった。

話はそれますが、システムエンジニアだなんて道を選ぶことを決定づけたのは、恐らくこの出来事だと思う。


 でも距離というのは、どうしようもないくらいに残酷なまでに現実を突きつけてきて、その連絡を取っている友人たちと何か仲良くなれたような実感は湧いてこず、むしろ、どこかよそよそしさすら感じたのです。

僕が敬愛している新海誠監督の作品「秒速5センチメートル」でこのような台詞が出てきます。

「1000回メールしても1cmぐらいしか近づかない」

新海誠監督の作品に中学生の頃に触れ、そして学生時代に劇場で「秒速5センチメートル」に触れ、この言葉に出会った時、僕の心の中に抱えていた全てを一言に吐き出されたような気がして、思わず手が震えたことを、今でも強く強く、、、覚えています。

 

そう、そうなんですよね。やっぱりそこには身体性が伴わない。

どれだけコミュニケーションツールが発達したところで、身体性が伴わない以上、そこにはディスコミュニケーションが付き纏う。

今となってはその連絡をとっていた友人たちともバラバラになって、いまとなっては、どこで何をやっているのかも、僕は知らない。

その問題は、VR空間でのコミュニケーションや、オンライン飲み会を繰り返し行ってきた今、再び実感しているのだけれど、その始まりは、ここにあったんだ。その答えは、どこにあるのか、今でも僕は探しています。

 

●【雑記】オンライン飲み会をやって思ったこと
https://kuramu1015.hatenablog.com/entry/ar1894625

 

 

◆最後に

土地、そして友達と言う側面を失い、”ふるさと”と言うものが、僕の中で消えてしまったような実感があります。

きっと、それは誰しも歳を重ねるにつれ、分からなくなってくるものでもあるのかもしれませんが、どこか自分の中のアイデンティティの一つでもあるものが、失われて行っているような気がして、その寂しさをどこかに吐き出したかったので、ここに少し書いておきました。ただ、こじらせてるだけ、、、でもあるのかもしれません。

 

そんなかんじで。

おしまい。